姜尚中さん掛川で講演
東京大学大学院教授の姜尚中(かんさんじゅ)さんが
大須賀の公民館で講演をされました。
「日本はこれから未知の領域へ進もうとしている。簡単に答えは見つからない。なぜなら、もうこれからの世界は膨張路線だけではまわっていかないからだ。これからどん底を味わうだろう。しかし、そのどん底を味わうからこそ小さな光明を見つけられるのだ。中国に抜かれたからって悲観する事はなにもない、なぜなら、韓国や中国は日本を追随していて、これから日本と同じ道を歩むのだから。先を行くもの、世界をリードするものとしての日本の役割は大きい。そして世界に、日本ほど素晴らしい国はないと私は思っています」
とお話されていました。
なんだか勇気が湧いてくる話です。
ありがたいな〜
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在日韓国・朝鮮人二世として熊本市に生まれる。姜尚中の父は1916年に朝鮮南部の慶尚南道昌原郡南山里に生まれる。仕事を求めて1931年に日本へ渡る。母は1923年に朝鮮に生まれる。釜山近くの鎮海から許嫁の父を訪ねるべく、関釜連絡船で1941年に日本へ渡る。姜尚中の父母は強制連行されて日本に来たのではなく、仕事を求めて自らの意思で日本へ渡った。姜尚中は強制連行された者の子孫ではない[1]。
熊本県立済々黌高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。西ドイツ・エアランゲン大学留学(1979年 - 1981年)後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、東京大学教授(所属:社会情報研究所 情報行動部門)。現在、東京大学情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。研究分野はアジア地域主義論・日本の帝国主義を対象としたポストコロニアル理論。
当初、日本名永野鉄男(ながのてつお)を名乗っていたが、早稲田大学在学中、韓国文化研究会に参加し、1972年訪韓以来、朝鮮名を使用する。
在日韓国学生同盟(韓国文化研究会)が連帯を謳っていた韓国における学生運動から「左の独裁にも右の独裁にも反対する」という声明が出たときに、これを、丸山眞男の「民主主義の永久革命」と読み替えていくことにより北朝鮮に対してさめた眼を保ち得たと後に語っている。1984年、外国人指紋押捺を拒否するが、ヒロイズムとは違った道でしか解決は見出せないと考え[要出典]、最終的には押捺に応じる。この間の苦渋に満ちた経験からプロテスタントの洗礼を受けた。
2008年に開設するインターナショナルスクール、コリア国際学園の理事長に就任予定だったが辞退している。